Quince Story

マルメロ物語

黄金のマルメロを求めて by LENA

創立以来13年間、レナジャポンの主成分として肌の健康を守ってきたマルメロ。 その黄金の果物の素晴らしさをもっと多くの人に知ってもらいたい。
そんな熱い想いでこのマルメロプロジェクトが始まりました。

まずは、マルメロ農家探し。 日本中のマルメロ農家を探し始めて2ヶ月が過ぎても、なかなか探し出すことができず、おまけに、マルメロの収穫時期がだんだん近づいてきて、もう私たちはパニック状態。 ネット検索で探し出した農家に必死に電話をかけまくっては「マルメロは持ってませんね・・・」、とつれない返事に、ガッカリな日々が続きました。

でも、諦めきれずに、今度はマルメロジャムを持っているお店に片っ端から問い合わせをしました。
サンプルをもらっても、なかなか、これぞ!というモノに出会えず、「このままでは、マルメロの魅力なんて語れない」と諦めかけていました。
最後の望みは、美ヶ原高原にある名前も知らない小さなジャム屋さんでした。 おっかなびっくりで電話をすると、聞こえてきたのは優しい女性の声。
こちらが用件をお話すると、その女性は「ちょうど、昨日、マルメロ農家さんとコロナもあるので、今年はジャム作りどうしようって話していたところだったのよ」と、1分も話さないうちに、まるで、以前から知り合いだったような雰囲気に。そして、なんと「これは何かの縁だわね。いいわよ!作りましょ。」と私たちの無理難題を引き受けてくれることになったのです。その上、探しに探していたマルメロ農家の花岡さんとも繋いてくださり、まるで天使が舞い降りてきてくれたかのような5分間でした。

この最後の電話で、行き詰まっていた企画は一気に前進!
レナジャポンの長年の夢であった、オリジナルマルメロジャム作りの旅がスタートしたのです。

 

 


『花岡さん』がいっぱい!諏訪湖への旅

ジャム屋さんに紹介していただいたマルメロ農家の花岡さんを訪ねて、いざ、諏訪湖へ。
「着いたら連絡ください」と言われていたので、正確な住所もわからないまま到着したのはいいのですが、花岡さんに電話をしても、出ない。何回かけても出ない。「え・・・どうしよう」と途方にくれ、仕方なく、Googleマップで花岡農家を調べてみたら、ありました1件。「よし!ここだ」と確信し、車を走らせると、おおお、リンゴ畑が見えてきました。りんごを収穫していた女性に走り寄って、「花岡さんですか?お電話した蟹瀬です、ご主人とお話したいのですが」と言うと、小柄の女性は、「そうですか」、とご主人のもとに案内してくれました。ところが、ご主人はポカンと、「どなた?」と言う反応・・・あれれ、これは違う花岡さん?!すると、農家の女性が一言、「ここみんな花岡なのよ」と。 私たちは呆然・・・みんな花岡?このエリア・・ そういえば花岡医師、花岡造酒などなど花岡だらけ。またしても困ったことに。「携帯に電話しても連絡が取れないこと、マルメロ農家を探していること」を伝えると、「きっとセイイチさんのところだね」とおおまかな行き道をもらい再出発することになりました。運よくちょうど大量のマルメロを収穫している農家さんを発見!「よかったあ、着いた。」と車を降りて、元気に挨拶。ところが、またポカンとされてしまいました。「ああ、参った。また違う花岡さんかあ。」するとそのおじさんが、「きっとセイイチさんのことだね」と電話をかけてくれたのですが、つながらないので、親切にもこの先だよと走って案内をしてくれました。探していた花岡農家の花岡さんとやっとご対面!!「携帯かけた?え?かかってないよ?僕の携帯壊れたかな・・あ、かかってた・・。」笑ってしまうほどチャーミングな花岡さん。セイイチさんのマルメロの木に出会えた瞬間です。

マルメロ農家に残った3本の木

 

待ちに待ったマルメロの木と対面。私たちはたわわに黄色い実をつけたマルメロの林を想像していたのですが、出会えたのはたったの3本の木。花岡さんが数年前にマルメロの木が生えている土地を売る際に、個人用に残した3本だけだったのです。売却した理由を尋ねると、「跡継ぎがいないし、りんごと違って需要がないからねえ。」とちょっと悲しげに語ってくれました。

花岡さんのマルメロの木は、それはそれは美しく、まるで、「私たちが主役よ」と言わんばかりに凛と立っていました。マルメロの実にはひとつひとつ丁寧に白い袋がかぶせられていたのですが、訪ねてきた私たちのために袋をとってくれました。現れたのはなんとも立派な黄金のマルメロ。フワフワのうぶ毛に守られまるで宝物のようでした。古くはギリシャ神話の神々から世界中の皇室までがマルメロに魅了されてきたワケが分かるような気がしました。

「日本でも昔から、マルメロをシロップ漬けにしたり、ジャムにしたりして楽しまれていたし、中には種を美容クリームの代わりに使っている人の話を聞いたこともあるけどね」と語る花岡さん。手間をかけて季節の果実を食べる人が少なくなったのをとても残念がっていました。

マルメロの木が農家から消えていく。その原因が「手間をかけて季節を楽しむ人が少なくなった」のであれば本当に淋しい限りです。


『花岡さん』がいっぱい!諏訪湖への旅

ジャム屋さんに紹介していただいたマルメロ農家の花岡さんを訪ねて、いざ、諏訪湖へ。
「着いたら連絡ください」と言われていたので、正確な住所もわからないまま到着したのはいいのですが、花岡さんに電話をしても、出ない。何回かけても出ない。「え・・・どうしよう」と途方にくれ、仕方なく、Googleマップで花岡農家を調べてみたら、ありました1件。「よし!ここだ」と確信し、車を走らせると、おおお、リンゴ畑が見えてきました。りんごを収穫していた女性に走り寄って、「花岡さんですか?お電話した蟹瀬です、ご主人とお話したいのですが」と言うと、小柄の女性は、「そうですか」、とご主人のもとに案内してくれました。ところが、ご主人はポカンと、「どなた?」と言う反応・・・あれれ、これは違う花岡さん?!すると、農家の女性が一言、「ここみんな花岡なのよ」と。 私たちは呆然・・・みんな花岡?このエリア・・ そういえば花岡医師、花岡造酒などなど花岡だらけ。またしても困ったことに。「携帯に電話しても連絡が取れないこと、マルメロ農家を探していること」を伝えると、「きっとセイイチさんのところだね」とおおまかな行き道をもらい再出発することになりました。運よくちょうど大量のマルメロを収穫している農家さんを発見!「よかったあ、着いた。」と車を降りて、元気に挨拶。ところが、またポカンとされてしまいました。「ああ、参った。また違う花岡さんかあ。」するとそのおじさんが、「きっとセイイチさんのことだね」と電話をかけてくれたのですが、つながらないので、親切にもこの先だよと走って案内をしてくれました。探していた花岡農家の花岡さんとやっとご対面!!「携帯かけた?え?かかってないよ?僕の携帯壊れたかな・・あ、かかってた・・。」笑ってしまうほどチャーミングな花岡さん。セイイチさんのマルメロの木に出会えた瞬間です。

マルメロ農家に残った3本の木

 

待ちに待ったマルメロの木と対面。私たちはたわわに黄色い実をつけたマルメロの林を想像していたのですが、出会えたのはたったの3本の木。花岡さんが数年前にマルメロの木が生えている土地を売る際に、個人用に残した3本だけだったのです。売却した理由を尋ねると、「跡継ぎがいないし、りんごと違って需要がないからねえ。」とちょっと悲しげに語ってくれました。

花岡さんのマルメロの木は、それはそれは美しく、まるで、「私たちが主役よ」と言わんばかりに凛と立っていました。マルメロの実にはひとつひとつ丁寧に白い袋がかぶせられていたのですが、訪ねてきた私たちのために袋をとってくれました。現れたのはなんとも立派な黄金のマルメロ。フワフワのうぶ毛に守られまるで宝物のようでした。古くはギリシャ神話の神々から世界中の皇室までがマルメロに魅了されてきたワケが分かるような気がしました。

「日本でも昔から、マルメロをシロップ漬けにしたり、ジャムにしたりして楽しまれていたし、中には種を美容クリームの代わりに使っている人の話を聞いたこともあるけどね」と語る花岡さん。手間をかけて季節の果実を食べる人が少なくなったのをとても残念がっていました。

マルメロの木が農家から消えていく。その原因が「手間をかけて季節を楽しむ人が少なくなった」のであれば本当に淋しい限りです。



ジャム工房ヴィラ中村〜夫の恩返し〜

 

いざ、ジャム作りヴィラへ

10月の終わりにはジャムを完成させたい。それも、オリジナルのジャムを。

こんな私たちの無理難題を「いいわよ」と快く引き受けてくださったのは美ヶ原高原ジャム工房のヴィラ中村さんでした。「住所がGPSに出ないわよー」とは伝えられていたものの、マルメロ農家からヴィラへ向かう途中、またもやここでも迷子に。地元の人に何度も聞きながら、やっとの思いで着いたジャム工房でしたが、まあ、その風景のチャーミングなこと。こんな大自然に囲まれて私たちのジャムが作られると思うとそれだけで疲れが吹き飛びました。

 

美ヶ原高原ジャム工房 ヴィラ中村、妻への恩返し物語。


ジャム作りを始めて約16年。成り立ちの貴重なお話が聞けました。

「定年後何がしたい?」「土をいじって生きていきたい」中村夫妻は定年を前にこんな会話をしていたそうです。そして、いよいよその日が近づくと、中村さんは妻、愛子さんに「ジャム工房を作るぞ」と一言いい、ジャム販売の相手もいないまま、ジャム工房を作ってしまったのです。これは長年苦労させた中村さんの妻への恩返しでした。

愛子さんは結婚前は、アメリカにホームステイをするなど、とても活動的だったそうですが、お嫁に入った先が厳しい軍人のおウチで、姑との仲も厳しく、自分のやりたい事を我慢してご両親をずっと面倒みてきたそうです。「その家に入った嫁の仕事だから仕方ないわね」ときっぱり語るその姿はとても格好よかったです。そんな愛子さんを長年見てきた寡黙な中村さんには、「いつか愛する人に好きな事をやらせてあげたい」という気持ちがずっとあったのだと思います。

愛子さんのジャム作りのきっかけは、親戚からもらった杏ジャムが美味しかったことでした。それ以来、ジャム作りにハマり、楽しそうにジャム作りをする日々。その輝く姿をみながら、中村さんはこれだと確信したに違いありません。

そんな妻への愛情いっぱいのジャム工房には、中村さんの手作りの器具がたくさんありました。中村さんがケガをする前までは、二人三脚でジャム作りをしていたそうです。中村さんが農家に果物を取りに行き、愛子さんがジャム作り、中村さんが一つ一つ瓶のシールを留め、そして夫婦で郵便局に出荷しに行く、と言うなんともほほえましい夫婦の共同作業が続きました。

しかし、3年前、中村さんは天井の電球を替える際に4メートルの高さから転落。頭を打った後遺症で、今は言葉がうまく出なくなり、体も前のように動かなくなってしまったそうです。「技術畑の人で、もともと無口だし、本人も気にしてなかったみたいだけどね。やっぱり、私はジャム屋を閉じようと思ったのよ」と愛子さんは当時のことを思い出すかのように、ポツリポツリと話してくれました。「でも皆さんから続けて欲しい、家族からも続けた方がいいよ、と背中を押されて今があるの。本当にありがたいです。」いろんな苦労を乗り越えてこられたからこそある、柔らかな笑顔。中村さんのジャムはそんな笑顔から生まれています。ひとつひとつが手作り。無添加で果物の持つ味をそのまま生かしたシンプルでとっても美味しいジャム。私たちが試食したいろいろなマルメロジャムの中で、一番おいしかったのがこれでした。

「今から、収穫するマルメロで作るんだから、オリジナルレシピの方がいいわね」と応援していただき、待望のオリジナルレシピ、マルメロジャムが出来上がったのです。

 

 

ジャム工房ヴィラ中村〜夫の恩返し〜

 

いざ、ジャム作りヴィラへ

10月の終わりにはジャムを完成させたい。それも、オリジナルのジャムを。

こんな私たちの無理難題を「いいわよ」と快く引き受けてくださったのは美ヶ原高原ジャム工房のヴィラ中村さんでした。「住所がGPSに出ないわよー」とは伝えられていたものの、マルメロ農家からヴィラへ向かう途中、またもやここでも迷子に。地元の人に何度も聞きながら、やっとの思いで着いたジャム工房でしたが、まあ、その風景のチャーミングなこと。こんな大自然に囲まれて私たちのジャムが作られると思うとそれだけで疲れが吹き飛びました。


美ヶ原高原ジャム工房 ヴィラ中村、妻への恩返し物語。


ジャム作りを始めて約16年。成り立ちの貴重なお話が聞けました。

「定年後何がしたい?」「土をいじって生きていきたい」中村夫妻は定年を前にこんな会話をしていたそうです。そして、いよいよその日が近づくと、中村さんは妻、愛子さんに「ジャム工房を作るぞ」と一言いい、ジャム販売の相手もいないまま、ジャム工房を作ってしまったのです。これは長年苦労させた中村さんの妻への恩返しでした。

愛子さんは結婚前は、アメリカにホームステイをするなど、とても活動的だったそうですが、お嫁に入った先が厳しい軍人のおウチで、姑との仲も厳しく、自分のやりたい事を我慢してご両親をずっと面倒みてきたそうです。「その家に入った嫁の仕事だから仕方ないわね」ときっぱり語るその姿はとても格好よかったです。そんな愛子さんを長年見てきた寡黙な中村さんには、「いつか愛する人に好きな事をやらせてあげたい」という気持ちがずっとあったのだと思います。

愛子さんのジャム作りのきっかけは、親戚からもらった杏ジャムが美味しかったことでした。それ以来、ジャム作りにハマり、楽しそうにジャム作りをする日々。その輝く姿をみながら、中村さんはこれだと確信したに違いありません。

そんな妻への愛情いっぱいのジャム工房には、中村さんの手作りの器具がたくさんありました。中村さんがケガをする前までは、二人三脚でジャム作りをしていたそうです。中村さんが農家に果物を取りに行き、愛子さんがジャム作り、中村さんが一つ一つ瓶のシールを留め、そして夫婦で郵便局に出荷しに行く、と言うなんともほほえましい夫婦の共同作業が続きました。

しかし、3年前、中村さんは天井の電球を替える際に4メートルの高さから転落。頭を打った後遺症で、今は言葉がうまく出なくなり、体も前のように動かなくなってしまったそうです。「技術畑の人で、もともと無口だし、本人も気にしてなかったみたいだけどね。やっぱり、私はジャム屋を閉じようと思ったのよ」と愛子さんは当時のことを思い出すかのように、ポツリポツリと話してくれました。「でも皆さんから続けて欲しい、家族からも続けた方がいいよ、と背中を押されて今があるの。本当にありがたいです。」いろんな苦労を乗り越えてこられたからこそある、柔らかな笑顔。中村さんのジャムはそんな笑顔から生まれています。ひとつひとつが手作り。無添加で果物の持つ味をそのまま生かしたシンプルでとっても美味しいジャム。私たちが試食したいろいろなマルメロジャムの中で、一番おいしかったのがこれでした。

「今から、収穫するマルメロで作るんだから、オリジナルレシピの方がいいわね」と応援していただき、待望のオリジナルレシピ、マルメロジャムが出来上がったのです。

 

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